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唐津市の南に隣接する北波多村は、緑濃い静かな村です。その凛とした空気の中に、人の世の哀れを伝える琴の音のような風の吹く山間の土地です。古唐津の窯跡も点在します。 洋々閣の主人は当代で4代目ですが、初代のタヱは、石志村から北波多村の大河内政太郎に嫁いだ人です。明治26年に政太郎とタヱは、当時満島村と呼ばれた現在の地に出てきて商いを始めています。両親に従って村を出たのは、長男の正夫で、この2代目は村会議員や東松浦郡会議員をつとめました。北波多の本家には、二男の大河内惣太が残り、立派な杉林を育てました。惣太の孫、曾孫が今も下平野の家と田畑、山林を守っています。 私は惣太ジイサマとは一度しかあっていません。結婚の報告に「本家さま」に連れていかれたときには、すでにジイサマは病床にありました。渋皮色のジイサマは、やっと嫁の来た分家の孫に安心したように、ウンウンとうなずいてくださいました。90年を林業一筋に生きた山の男は、老いてなお、病んでなお、気迫のようなものが額にみなぎっていました。 北波多村在住の郷土史家、故山崎猛夫先生に初めてお目にかかったのは、二十数年前に主人の所属するクラブが山崎先生のご案内で岸岳城址を歴史探訪した時のことでした。山崎先生のシワシワの茶色いお顔を拝見して、このお顔は惣太ジイサマの雰囲気に似ているなあ、と思いました。なつかしいような、恐いような、とても大切な人に思えました。 岸岳城址は、松浦党の領袖、波多三河守親(はたみかわのかみちかし)の無念の思いが漂って鬼気迫る感じだろうと勝手に思い込んでいた私は、怨霊たちに供える香華を携えて登山していました。グループの方たちみんなの分までお線香を持って行きましたので、どこでお祈りをしたらよろしいですかと山崎先生にお尋ねしましたら、しばらく黙って、それから頂上の石の積んであるところを教えてくださいました。そして、「私は今まで何百回もこの山を案内したが、お線香を持ってきた人は初めてです」とおっしゃいました。
頂上には、ある宗教団体が毎年供養をされているらしい祭壇がありましたが、私達のグループのメンバーに恵日寺の先代和尚様がいらっしゃいましたので、私達は小さな供養塔の前で般若心経を上げてもらって一人ずつお線香を供えました。 岸岳城址の東端の相知町側の絶壁は「姫落とし」と呼ばれる悲しい史跡です。ここから身を投げた、または、落とされた女人たちはどんなに恐かったでしょうか。そこからも花を投げて私達は帰ってきました。山崎先生の語り口には、松浦党の武士たちの無念の思いがにじみでていて、やっぱり鬼気迫る物語だったのです。 山崎先生はお酒が好きで、ムチャクチャに酔っ払われると聞いたことがありましたが、それも含めて大好きでした。山崎先生のひととなりを知る人はみな先生を好きになります。田舎のおじいちゃん、という風貌ながら、先生の郷土史家としての業績は大変なものだったと伺っております。著書の一つ、『岸岳城盛衰記』は、名著だと思います。また古唐津の窯跡の発掘や保存に真骨頂を発揮されました。 私のホームページに登場していただいて、岸岳城を語っていただきたいと時機を待っておりましたら、昨年3月に訃報に接し、残念でたまりませんでした。ホームページはどうでもいいけど、もっと長生きしていただきたかったと思います。 そんなある日、20年来のお得意様の楢崎幸晴様とお話ししていて、楢崎様が山崎先生を囲む会のメンバーでいらして、先生のもとで松浦党のお勉強を続けておられたことを知りました。楢崎様は、会社役員のご多忙の身ながら、6年前から「楢崎氏同族会」という楢崎、奈良崎の姓を持つ人々の会をたちあげ、全国1300軒の同姓のルーツを調査していらっしゃるそうです。そこで私は楢崎様が酔ってご機嫌なのをいいことに交渉をいたしまして、山崎先生に関するページを書いていただく約束を取りつけました。しばらくして、約束を覚えてらっしゃるかしらとお電話すると、「やかましい。わかっとる。催促なしの出来次第だ」ですって。そしてこのたび、みごと完成しました。原稿を頂いたのではなく、HTML文書を何ページも完成品の形でフロッピーでいただいたのです。ありがたや。 ですから、今月のこのページのご紹介だけが私が作ったもので、ここからリンクしている「郷土史家 山崎猛夫」というページは楢崎様の作です。恩師に対する思いのあふれた楢崎様のページをお楽しみください。北波多の男達に流れる熱血は、畢竟、松浦党の裔の証でしょうか。 北波多村には杉や檜の美林の間に今日も琴の音のような風が吹いていることでしょう。来月には山崎先生の一周忌が参ります。 合掌 |
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楢崎様、山崎先生の奥様、北波多村教育委員会様に感謝申し上げます。 お読みいただいたみな様、ありがとうございました。また、来月、お越し下さい。 |
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