#227 平成31年4月





このページは女将が毎月更新して
唐津のお土産話やとりとめもない
おしゃべりをさせていただくページです。
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御無沙汰をいたしました。
御元気でお過ごしでしたか?
3か月休ませていただきました。
その間たくさんのお励ましをいただきました。存じ上げない方からまで。
ありがとうございました。
それで、時折、近況報告など書いてみようかな、と・・・・
短いものです。ご迷惑でなかったらお読みください。
 春が来ました。サクラ、マンカイ、ワタシもマンカイ。(どういう意味か、自分でも不明。)
さて、3か月間の近況報告ですが、あわただしく過ぎた1月は、仕事ばかりで、特に書くことなし。

 2月には主人がちょっとした内視鏡手術を受けました。一週間で退院しました。なんの心配もいりません。その一週間は、私は毎日病院へ通うために福岡市の薬院に住む姉の家に泊って、病院で夕食を食べさせたあとには、姉と二人で博多のグルメ三昧。主人が入院したせいで、私のダイエットが無になりました。やれやれ。
 この月には、長くやってきた「唐津ボランティアガイド」の設立30周年記念式典のために忙しかったです。お蔭さまで立派な式典になりました。

 3月には、詩人・芸術院会員の高橋睦男先生の出版記念会にお招きを受け、一生に一度くらいそんな所に行ってみたくて、主人と二人出席しました。
まず、一日早く先に松本(長野県)に飛んで、美ヶ原高原の下にある温泉、旅館すぎ本の館主・花岡さんを一晩お訪ねしました。日本アルプスの山々はまだ雪をかぶって、それは荘厳な風景でした。朝晩は零下というひきしまった空気の中で、いろいろなところを案内していただき、おいしいおそばをごちそうになりました。
次の日には、すっかり変わったばかりの中央線で、あずさ10号に乗りこみました。すこぶる快適。
新宿に着いて、私は東京に赴任中の姪と昼食、主人は旧友と食事。その日の夕方が高橋先生のパーティ。
学士会館というところは、さすがに雰囲気がちがいますね。心地よい緊張感を味わいながら、すみっこから錚々たる出席者たちを眺めました。怖いもの知らずの主人は、そういう方々に近ずいて行って、挨拶をしていました。私は、「ここに座れ」と隣の席を取ってくださった嵐山光三郎先生のとなりで、借りてきたネコでした。
 翌日、お昼は新宿で主人の大学時代の旧友と会って、その時代(60年前)に有名だった「中村屋のカレー」を食べに行きました。昔は、カレーに添え物のおかずがいく種類かついていて、そちらはお代わり自由だったために学生たちに大人気だったそうです。今はそのサービスはない。そのあと、オペラに行って、もったいないことに、心地よく居眠りしてました。「ウェルテル」のテノールが絶唱で、拍手がなりやまず。私も飛び起きて、拍手なりとも盛大に。
その夜はもうじき解体される山ノ上ホテルに泊まって、有名な「てんぷら」をいただく。ぜいたくなこと。
 東京最終日は、自由行動で、私一人でなつかしいかたに会いに行きました。デパートが開くのを待ってお弁当を買って、京王線にのりこみ、乗り換えをまちがわずに、うまくたどりつきました。4時間ほどの楽しい再会ののち、今日のホテルに戻ります。夜は、横浜在住の弟夫婦と食事です。この料理やさんも、間もなく閉店するお店で、主人はいつもそんなところを好むのです。
 翌日帰宅しました。仕事が山のように待っていました。

 4月には、孫娘が小学校入学です。小さい小学校で、新一年生は6人しかいないそうです。入学式の日には私はぬけられない仕事があり、行けません。ざんねん。本人の希望で、空色のランドセルを買ってあげていました。背中より大きいランドセルを背負って、ちょっぴり不安と緊張の入学です。この子がヨメに行く頃には私たちはいないだろう、と、万感胸に迫ります。

 それでは、皆様、またしばらくご無沙汰すると思います。お忘れでなかったら、のぞいてみてください。
ごきげんよう。



今月もこのページを訪れてくださってありがとうございました。またお会いしましょう。
                              洋々閣 女将 大河内はるみ
   
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