#193
平成28年4月


松の花 4月
このページは女将が毎月更新して
唐津のお土産話やとりとめもない
おしゃべりをさせていただくページです。
他の方の参加も歓迎です。
バックナンバーもごらんください。
 

虹の松原

松露掻く乙女なるらしまだきより雨の松原にさざめけるはや
廣重美木



 4月です。4月というだけでうれしくなります。孫娘は幼稚園に入りますし、虹の松原は青さを増して、いきいきと輝きます。松の花が開き、あるかなきかの風にも、ポワッと黄色の花粉を散らします。松は風媒花です。

今月は虹の松原再生活動推進事務局長の藤田和歌子さんに登場していただきます。活動内容はお読みいただくとして、私がいいたいのはただひとこと。
「がんばって、わかちゃん!頼むね、若い人たち!」

 私も20年若ければ、この運動に大いに参加できたでしょうけど、松原を歩くと松の根にひっかかって転ぶようになると、もうダメですね。はた迷惑ですもの。

 高校の思い出の一つに、松原の中の道なき道をクラスの皆と自転車でかけぬけたこと・・・。55年前の4月のあの日がほんの昨日のようなのに・・・。

 大切な松原がこれ以上弱らないように、どうぞ守ってください。

では、和歌子さん、お願いします。


 
鏡山から虹の松原を望む
 

   白砂青松の環境を守り、この美しい景色を後世に引き継ぎたい!

                 NPO法人唐津環境防災推進機構KANNE 
                              事務局長 藤田和歌子

 
国道202
   

 


 虹の松原は、佐賀県唐津市の唐津湾に沿って虹の弧状に延長約4.5km、幅約500m、面積約220ha、約100万本のクロマツからなる松原です。日本三大松原の一つに数えられ、国の特別名勝にも選ばれています。


 鏡山から望む姿は圧巻ですが、松原の中を4.5kmにわたってのびる道路の両側から張り出した松の枝によってつくられた自然のトンネルの中をドライブするのはもちろん、松の隙間から差し込む光を浴びての森林浴はとても心地いいものです。




この松原の歴史は、17世紀初め初代唐津藩主寺沢広高が防風・防潮のため、海岸線の砂丘にクロマツを植林させたのがはじまりとされています。古くから、海から吹き付ける風や砂の害から私たちの家や田畑などを守ってくれています。観光資源や憩いの場としても親しまれているとても大切な松原です。




 昭和30年ごろまでは、落ちた松葉は、ごはん炊きやお風呂を沸かす時の薪や木炭の炊きつけに利用されていました。そのため、人々が松葉かきを行っていたので、白砂青松の状態が保たれていました。

 この状態だと、「ショウロ(松露)」という小さなジャガイモのような形のキノコがとれます。松の根と共生し、お互いに水分や養分を与えています。しかし、今ではこの「ショウロ(松露)」をみかけることができなくなりました。





 それは、化石燃料への転換を機に松葉かきをする人がいなくなり、地面に落ち葉が積り、しだいに土が肥え、今まで生育できなかった広葉樹が繁茂し、白砂青松の景観が低下したり、松枯れにより存続が危ぶまれています。





 このような状況を受け、地域、国、県、市の行政の皆さまが松原の再生・保全を目指して様々な取り組みが展開されています。

 そこで、地域の方とこの松原を白砂青松の状態に再生し保全するため、アダプト方式の導入を行いました。

 この方式は松原内の割り当てられた一定区画で、好きな時に再生・保全活動(松葉かき、清掃、除草活動等)を行う方式です。

 この制度には201団体、約6,659名(2016年2月末)が登録し活動をしていただいています。本当にたくさんの方にご協力をいただいておりますが、この人数でもまだ、虹の松原の25%の広さでしか活動ができていないのが現状です。





 これからもこの輪を広げて、人と自然が関わりあった健全ですばらしい虹の松原を後世へ引き継いでいきたいと思っております。
どうぞご参加ください。

 
フィトンチット豊かな森林浴
 
再生活動
 
こどもたちもがんばる
 
「にじまつまもるくん」
 
松葉掻き
 
大きな金属製の熊手が役に立つ
 
砂を浅く掃くとコロリと松露が現れる
 
マツボックリと大きさを比べてみて
 
踊るマツ?
 
              メドゥサ?
 

 
 6月頃香り高く咲くウバユリ
和歌子さん、ありがとうございました。

みなさん、いかがでしたか?虹の松原にはたくさんの面白い形のマツがあります。タコとか、龍とかいますよ。すみずみまで歩いて探してください。見る角度によって違うので、一本の木をくるっとまわって観察してください。
雨のあとにはよく虹がたちます。私は何度も目撃しました。だから虹の松原というのだと自分なりに思っています。虹のように弓なりのかたちだから、とか、昔は2里あったから、「にりの松原」だったとか、いろいろ言いますがね。江戸時代にはここが一揆の舞台となりました。四季折々に小さな花たちが咲き、最近はウバユリが増えてきたのを楽しみに見ています。自然と歴史に満ちたこの松原を決して失うことがないように願ってやみません。
では、また来月お目にかかりましょう。



 


    今月もこのページを訪れてくださってありがとうございました。またお会いしましょう。

                             洋々閣 女将    大河内はるみ
                               mail to: info@yoyokaku.com