私は現在タイ(Thailand)のバンコク(Bangkok)に住んでいます。59歳になる半年前に会社を早期退職し、59歳でタイのチュラロンコン大学タイ語コース(Chulalongkorn
University Intensive Thai Program) に途中編入、昨年3月にマヒドン大学院(Mahidol University, International College, Master
of Management, Tourism and Hospitality)に入学しました。以前働いていた会社のバンコク支店に2年半ほど勤務していたこともあって馴染みがあり、かつ観光の分野では日本より進んでいると思ったからです。日本の大学の観光学科には観光の最前線で勤務されていた先生はさほど多くないようです。学問として研鑽することも大事ですがやはり実践はより重要です。私のいる大学では以前ガイド(といってもフランス大統領の当地公式通訳ガイドですが)をされていた先生もいれば香港でアパレル(apparel)関係の仕事を長年経験された人、今でもAgentを経営しながら教えられている先生もいます。航空会社の元副社長もおられます。最前線での経験豊富な方々です。
日本と違い社会人枠なんてありませんので20代の若い皆さん25,6人と一緒に入学試験を受け10人が残りました。面接では当然入学動機を聞かれます。私はただ今までの36年の実務経験と要所要所での判断を観光理論から検証してみたいということでした。結果的に今生き残っているのは5人です。途中での生き残りを懸けた試験で淘汰されていきます。当然日本人は私以外には誰もいません。勿論タイの大学ですからタイ人生徒が一番多いのですが海外組で一番多いのはドイツ人です。それ以外にはデンマーク人、イギリス人、アメリカ人、オーストリア人でしょう。科目によっては2人、3人、多い時は8人でチームを組んで作業、共同発表します。当然私と組んでくれる生徒は20代ですから私が若返るのは当然です。60歳という年齢はどの先生より上ですが皆博士号を取得された先生ですから年齢は関係なく私の誤りも厳しく指摘されます。マヒドン大学大学院では博士号のない先生は教えることが出来ません。また教育大学ではなく研究大学ですから先生方も成果が厳しく判断されます。
写真は研究仲間で私の還暦を祝ってくれたときのもの。
遅くなりましたが今の大学院での公式言語は英語です。授業もすべて英語、留学生からの辛らつな質問にもタイの先生はスマイルを忘れず答えています。先生方も多彩でタイ人、フランス人、ドイツ人、英国人、豪州人、香港人です。でも生徒同士の話はタイ語です。ここの良さは教授陣のレベルもさることながら食事が無料ということです。入学試験当日は皆に和食弁当が出され驚きました。それもいろんな種類があって私は寿司弁当でしたが実に美味でした。それ以降和食にはお目にかかっていませんがインドネシアからの留学生には宗教上の問題から毎日別メニューの食事が用意されています。大学で1日3回食事することはありませんが貧乏学生には有難いものです。朝は家で豊富な野菜を食べ、昼は大学、夕食は基本的に家で自炊です。和食好きですから手製の漬物、味噌汁は欠かしません。現在は市内中心部にあるジムトンプソン(Jim Thompson) の家の真裏に住んでいます。場所柄か今年の大洪水による冠水騒ぎも無く生活圏での不便は全く感じませんでした。でもちょっと郊外のマンションに住む友人は35日間家から一歩も出られず、毎日双眼鏡で水の増減を見ていたそうです。途中舟で買出しに3回出たそうですが日ごろ車が通る大通りは舟か車高の高い軍のトラックしか通れない有様だったとのこと。先日水が引いた通りを私も見ましたが今でも電柱に水の跡が残っていました。優に1mはあったと思います。
写真は私が毎日図書館への行き来に乗る運河船です。
さてタイには年間100万以上もの日本人観光客が来られます。タイの魅力は王宮や有名な寺院など数々ありますが私は以前住んでいた時から最大の魅力はそこに住む人々の魅力に尽きると思っています。一言で言えば面白いんです。最初は同じアジア人でありながら、かくも日本と異なる判断、行動をするのか腹が立って仕方がなかったんですが徐々に当地の人々のものの考え方が分かってきました。例えば週給で雇用していた運転手が突然欠勤します。当日のアポイントメントについて運転手とも打ち合わせも終わっていました。翌日すっきりした顔で登場した運転手にガツンと雷を落とし、当然1日分を給与からカットしました。すると運転手は何で自分は会社に1回しか悪いことをしていないのに会社は自分に2回悪いことをするんだ、と聞くんです。最初は意味が分かりませんでした。叱って給与をカットして何が悪い、と思うんですが彼は叱られること、給与カットをそれぞれを1回とカウントしていたんです。彼のタイ式不公平論理が他のアジアの国々で通じるのか、タイだけのことかは実証できてはいませんがタイではそう考える人が多い、ということは当地で勤務される方は知っておいて損にはなりません。
さて11月に入り洪水騒ぎが嘘のような真っ青な空に変わります。年間で最も観光客が多いのも当然です。11月はロイカトーン(Loi Krathong)という水に感謝する祭りで賑わうのですが今年は洪水もあって極めて小さな規模で開催されました。でも本当は3月のソンクラーン(Songkran)というタイ正月と並ぶ位の一大イベントなんです。観光でお見えの方々はロイカトーンの祭りを見学する場合チャオパヤ(Chao
Phraya)というタイを代表するホテルが並ぶ大きな川から花火や燈籠流しをご覧になるんですが私の住むアパートのすぐ傍に流れるセンセープ(Khlong Saen Saep)運河にも大小各種の燈籠が流されます。結婚前のカップルで一緒に燈籠流しをする風景は実に綺麗です。流す前に蝋燭に火を点け、これを頭の前に掲げて1分位一生懸命水の神様に感謝とお祈りを捧げて水に流します。小鳥を空に放し、亀を水に戻してやったりもします。空には何百個という空中燈籠も浮かびます。この空中燈籠はタイの北部チェンマイ(Chiang Mai)が有名ですが世界遺産スコータイ(Sukhothai)やアユタヤ(Ayutthaya)でも見られます。この時期は乾季で大気が安定しているのか不思議に紐で繋がれていない空中燈籠が見事に1本の糸で結ばれたように綺麗に空中に並びます。これは圧巻です。昨年はバンコクでもすごい数の空中燈籠が上げられましたが今年は少なかったようです。
写真は準備に忙しい燈籠屋さん。
11月のロイカトンが終われば朝はもっと気温が下がりちょっと寒く感じます。今度は街中で12月の国王誕生日の準備が始まります。国王の写真が掲げられ、ひな壇が用意され、全国のお寺には国王の84歳を祝い、更に長寿を祈願する人々が訪れます。クリスマスツリーも各デパートには用意されています。正月は日本ほど盛大に祝うことはありませんが旧正月は盛大です。そして3月のタイの正月を迎えます。バンコクに出稼ぎに来ている人も皆帰省します。まさに日本の正月に相当します。元々バンコクで生活している人は逆に海外に出かけます。どこの旅行会社も年間最大の稼ぎ時となります。
写真は12月5日バンコク伊勢丹に隣接するデパートの大きなツリーです。
11月24日から単身チェンセン(Chiang Sean)に飛びました。11月は年間で最も観光客の多いシーズンです。それは雨季が終わると即乾季が始まり空気は乾燥、空は真っ青という快晴が続くからです。日中は暑いですが朝夕は結構冷え込みます。特に北のチェンセンでは皆ジャンパーを羽織っています。襟巻きも必須のアイテムでしょう。私だけが相変わらず半ズボンにサンダル着用です。慣れないと危ないですが私はいつもバイクを借りて野山を駆け回ります。欧米人もバイクで動いていますがさすがにこの地で日本人に遭うことはありません。上着はバイクに乗るなら4枚の重ね着をします。タイの北部は国境を接する国が多いこともあって道路での取締り、検問があります。外国人はパスポートを見せなくてはいけませんが私の場合は大学のIDカードで十分です。バイクは幾ら走っても1日THB300(300タイバーツ)ですし燃費もいいですから実に効率よく廻れます。ドイ・メサロン(Doi Mae Salong)という元中国国民党の村には桜が咲きます。15年前は毎年1月15日~20日が開花の時期でしたが今は温暖化の影響でしょうか12月31日ごろが見ごろになっています。でも11月25日に行くと早咲きの桜もチラホラ咲いていました。私はオランダでもカナダでも名高い庭園を見てきましたがここチェンライにはあまり人が知らない国際級の王室庭園もあります。ミャンマーとの国境の山々に沈む太陽は今時はオレンジの濃い色から真っ赤です。夜は満天の星空、朝はメコンにかかる一面の霧のなかを船が進む音だけ聞こえます。タイの良さは北にあります。11月下旬は稲刈りのシーズンです。4箇所見れば3箇所は8人位で手刈りですが1箇所は大型コンバインでの収穫です。アジア共通の風景に心が和みます。
写真は上がメーファールアン植物園(Mae Fah Luang Garden)、下がドイ・メサロンの山頂にあるサクラレストランにて。
さてこの地チェンセンに昨年実に素晴らしいホテルが営業を開始しました。52部屋の小ぶりではありますが各部屋の間取りも良く、どの部屋にもシャワーとバスタブ完備です。何と言っても食事が美味しいんです。小ぶりながらピカリと光るお宿は唐津でもタイのチェンセンでも同じです。機会あれば是非お泊り下さい。では長くなりますのでこれ位で。また機会があればお便りします。
其田さん、有難うございました。最後の写真は若い青年のような60歳の其田さんですが、やはり若い人たちに交じって勉強していらっしゃるからお若いのですね。どうぞ頑張ってください。いつか日本で其田さんの観光に関する講演が聞ける日も来ると思って待っています。
皆さん、お楽しみいただけたでしょうか。何か希望と勇気がわいてくるようなお話でした。ではまた来月。
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