来年の5月から9月までのおよそ4カ月、アメリカのフレーザー歴史博物館(ケンタッキー州)で、日本の伝統文化を伝える展覧会が開かれます。「侍展」と銘打たれたこの展観は、日本刀のほか鍔(つば)、拵え(塗り鞘)、鎧(よろい)などの武具およそ100点を展示します。日米を中心とした世界各国からの選りすぐりの品と言われています。
女将のホームページを見られた方は、硫黄島で戦死された市丸利之助中将の軍刀の逸話をご存知でしょう。刀は米兵によってアメリカに渡り行方不明となっていましたが、20年ぶりに遺族のもとに帰ってきました。アメリカ人にもあった日本刀に対する畏敬の念が、その奇跡を演出した大きな要因だったのだと思います。その意味で、名品を一堂に集める今回の展覧会には大きな注目が集まっているそうです。
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「侍展」のポスター(部分) |
私は縁あって、日本刀を展示する木製の架台の注文を受け製作中です。太刀用の大型が8個、脇差用が2個。今回の展覧会の責任者の一人でもあるNick Nakamuraさん(日本名・中村昇)が、佐賀県立博物館で肥前刀を支えている刀掛けに目を留め、米国博物館での展覧会に使いたいと発注してくれたものです。
県立博物館では8年ほど前、全く新しい日本刀の展示スタイルを検討していました。従来、木台に白絹を掛ける形でしたが、自然木だけで出来たすっきりした姿の、なおかつ収納に便利なものを検討していました。嘱託職員で研ぎ師の今川泰靖さんが、木工見習い中の私に研究を持ちかけてきました。博物館学芸員の竹下正博さんも加わり、1年近くの試行錯誤が続きました。
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刀架け |
私は9年前、55歳で佐賀新聞社を早期退職し木工の勉強を始めました。多久市の佐賀県立産業学院で基本を学び、あとは唐津市久里に確保した作業室で木工雑誌などを参考に小品を作っていました。あれこれ試作したいという今川さんにとって、まだ経験が浅く、新聞社時代から面識のある私が好都合だったのではないかと想像します。私にとっても精密作品をたくさん作らせてもらったことは大いに勉強になりました。
刀掛けは博物館展示などに使用される特殊なもので、これを事細かに説明しても、退屈に思われることかと思います。製作において特に注意している点をいくつか挙げるにとどめます。
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博物館に展示された刀架け |
まず、主役はあくまで日本刀だということです。刀鍛冶が作り上げた状態の刀身が掛けられます。文化財である刀を安全に、しかも美しく見せる形を求めました。木肌の美しさを持ちながらも支え役の分を越えないことが必要と考え、形、塗装の方法を決めました。
金気や化学製品は刀に悪影響が心配され、組み立てにビスなどの金具は使いません。木工用の接着剤は使いますが、くさびを打ち固定し、塗装はペーパーを使い分け、最後はムクノキの葉で仕上げると、自然の光沢を持ってくれます。
博物館仕様の最大のポイントは、前と後の脚部が分解でき収納スペースが大幅に減らせることでした。アメリカは乾燥が激しく木のひずみによって、分解のための抜き差しが難しいとのことで、最初から固定式にしています。木は加工されてなお生きていると言いますが、その面白みの反面、こうした難しさも内包します。
刀を掛けるほか、拵えを受ける部品も作り、展示品が当たる所にはフェルトを張るなど細心の注意を払っています。接着剤は化学成分の入った両面テープなどは避け、炊いた米を入念に塗りつぶした糊を使っています。
こうした作業手順は、刀を良く知る専門家のアドバイスを聞きながら進めるのですが、木工の基本とも併せ、先人達のもの作りの形を後追いしているようで興味がつきないところがあります。
さきほどの米糊ですが、日本刀を保存するための白木の鞘は2枚の板の内側をえぐり、この米糊を使って張り合わせて作ります。子どものころご飯粒を潰して糊の代わりにしていましたが、粒々を完全に潰し透明感が出るまで練り込まないと使い物になりません。米糊はかつては大工さんが板を接合する時にも使っていたそうです。
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木工房よしみの作品 |
研磨に使うムクノキの葉もかつては広く使われていました。葉に炭酸石灰が多く含まれているためざらつき、しかも目が細かいので、仕上げの研磨剤として重用されていました。木工だけでなく、漆器、象牙、べっ甲などの加工に使われていました。自然が作り出す上質のサンドペーパーです。ほかに、庭先に生えるトクサ(砥草、十賊)や鮫皮なども自然の研磨剤です。
時に海釣りに行き、本命でないカワハギが釣れることがありますが、この魚の皮が上質の研磨剤になるとインターネットに書き込みがありました。いつか使ってみたいと思っています。
刀掛け作りでいろんなことを学びましたが、遅くとも年内には仕上げ、最終点検をしてもらうことにしています。今後、注文を受けた家具作りや、自分が作ってみたいイスなどに、その成果を生かしたいと思います。
百円均一のお店が唐津にもいくつか出来ています。安くて手軽、壊れてもそれほど惜しくない百均商品はテレビや雑誌で特集されるほど、家庭に浸透しています。私も時に愛用しているのでえらそうなことは言えないのですが、戦後すぐに生まれた世代の私にとって、しっくり寄り添ってくれる日用品とは言えません。
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文庫本 「手仕事の日本」 |
手元に『手仕事の日本』という書を置き愛読しています。柳宗悦(むねよし)さんという民芸運動の創始者が書かれたもので、私が生まれた昭和21年に出版されています。船箪笥の歴史をつなぐ佐渡箪笥、有田をはじめとする九州の陶磁器など、生活に結びついた全国の優れた実用品を紹介しています。
65年前、柳は日本のもの作りが危機に瀕していると警鐘を鳴らしています。彼が評価した品々の多くが農家で時間をかけてゆっくりと作られた民具で、特に長い冬を耐える雪国のものに愛着を寄せています。近代化の中で社会構造が変わり、こうしたもの作りの世界がおっつけなくなるのでは、と指摘しました。産地が頑張り今も残っている特産品もありますが、彼が紹介した多くの品が姿を消しました。
自然素材の手作り品は、生活に良く溶け込んでくれるエコ製品です。特に木製品は少々壊れても復元できます。私は明治末の文机4台を譲り受け、外れかけた天板や欠けた脚を修復し、何とか使えるようにしました。ケヤキ一枚という今では珍しい天板が、研磨していくと美しい木目を蘇らせます。
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川のほとりの工房の前で星を見るイス |
木工の世界は、社寺を作る宮大工から日曜大工のお父さんまで幅広いものです。10年近くの経験をしても、刃物研ぎ、木材の見立て、塗装など、まだまだです。
でも、図面を書き木材を加工し木組みを行って一つの形を作り上げ、すすけた古い家具に手を入れて新たな生命を吹き込む。実に面白く楽しい時間、空間です。いつかはこれぞ手仕事、と満足できる家具を作りたいと思っています。
自然のサンドペーパー・ムクノキ |