#79
平成18年
10




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唐津のおみやげ話をお伝えするページです。
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#1 御挨拶

「双魚」 隆作 (24歳時)



土に遊ぶ
―古稀の中里隆先生―





 月の美しい夜となってきました。おげんきでしょうか。
今回は、私共で9月18日から10月15日まで開催の「中里隆古稀記念展」にちなみまして、隆先生の海外でのお仕事について、コロラドのアンダーソンランチという芸術家村の陶芸主任、ダグ・ケイスビア氏に語って頂きます。この文章は、私共が上記の展示会にあわせて出版しました特別図録『中里 隆』のためにいただいたものです。
 私の翻訳でここに載せますが、原文をお読みになりたいかたは英語版の女将挨拶10月号をごらんください。





アンダーソンランチにおける中里隆氏の作陶に思う

Doug Casebeer
Program Director, Ceramics and Sculpture at Anderson Ranch Arts Center

冬のアンダーソンランチ
 

 人生で人が幸運に出会う瞬間はえてして備えていないときに起こるものです。私が中里隆氏に初めて会った時もまさしくそうでした。当時私には氏についての認識がなかったし、氏の陶芸に関して調べてみる時間もありませんでした。

 19947月中旬、私がアスペンでとある夕食会に招かれたときにその幸運は訪れたのです。宴は進んで招待客は食事のテーブルに着きましたが、席が一つ不足のようでした。私は暖炉の前の床に座って食べました。ほどなく隆氏がそこに加わりました。氏の暖かい人柄は初対面でもはっきりとわかりました。思うに氏もまた、その夜、場違いに感じていたのではないでしょうか。まもなくジョン・パワーズが加わりました。


 一緒に過ごした最初の晩には、私達は殆ど会話できませんでした。ワインを勧めあい、陶芸への思いを共有したあと、私は隆氏をアンダーソンランチ・アートセンターに招待すると申し出ました。 氏はアンダーソンランチが気に入ったようで、また来ていいかと言い、私は“もちろん”と答えました。

 ジョン・パワーズ・喜美子夫妻他のご厚志でアンダーソンランチは隆氏の年二回のコロラド訪問に備えて客員アーテストのスタジオと居室を冬も過ごせるように改修しました。

 

ランチのスタジオにて

 以後12年余の長きにわたって氏はアンダーソンランチのサマーワークショップの生徒達とスタジオアーテストたちに彼の陶芸と生活を愉しむ叡知を伝授しています。彼の仕事の手順には皆が驚き、スタジオのペースが彼に習うようになりました。彼の飽くことを知らぬ探究心がそのまま彼のスタジオ生活を性格付けています。一世紀も続いた古い伝統を破る改革者のように、氏はこともなげに規矩を超えます。彼の探求はまだ見ぬ捉えがたいものに対して続きます。氏は何年も前に私に言ったことがあります。私が教えることはまだ終わっていない、と。このことで彼が若い芸術的精神を涵養するにあたっての信念がよくわかります。

 
芸術的自由は隆氏の陶歴において常に一つのホールマーク(純度指数)でした。アンダーソンランチは彼の探求と模索の場であり、ここで伝統の制約を離れて新しい機会を開拓することができるのです。氏が最初に望んだのはソーダ窯の可能性を試すことでした。氏の力と自信は天性の技と伝統的訓練から来ているとはいえ、アンダーソンランチでは常に違った角度から自分の仕事を見ることにやぶさかではありませんでした。

ランチに立つ先生

 彼に学ぶべきものが多いことは最初からわかっていましたが、いきなり多くの質問をぶつけてもすぐに直接的な答えがかえってくるものでないことも判っていましたから、私はただ観察に観察を重ねました。 そのうちにわかってきたことは、彼の両手の緻密に調和の取れた一連の動きからカップ、椀、花瓶などが自然に流れ出すように生まれてくることでした。易々と彼が作陶するさまは魔術のようでした。彼は土にであれ、周りのどんな出来事にであれ、動じたり疲れたりすることはないようでした。彼は焼物を通しても、生き方そのものと同じに、周囲に対し優しさと感謝で動きます。人生においても芸術においても、氏は何事をも試行します。自分に対し、また自分の作品に対して、決して尊大ではありません。何かを生み出すためにリスクを冒すときには失敗にもまた利点があることを承知しています。私は一度、氏が真っ赤に焼けた窯に冷却還元の効果のため雪を掻いて放り込んでいるのを見て驚いたことがあります。万事をそうやって、何百、何千と器を作り続けるのです。

 
氏の器も生き方も、日常の生活の喜びを多とします。彼の器は日々のちょっとした儀式などを豊かなものにします。それらの器を使用し、器とともに在ることが、隆氏のやきものを理解することにほかなりません。 彼の計算しつくした上での自然さ、そして意図的な直截さに触れると、使う人は惹きつけられてやまないことになります。コロラドと唐津のみはるかす地平が高下するように、彼の焼物の角や縁が波打ちます。意識下か上か、氏が生き、業を営む土地を記憶が賛えるのでしょう。氏の仕事のやりかたはリラックスして、管理し過ぎず、土を成形するには80%だけ エネルギーを向けます。あとの20%は素材と過程そのものに語らせる余裕を残すのです。

 
私達を取り巻く自然美のように氏の器は人に何度も眺めさせる力を持ちます。彼の焼物の真髄は土に始まり形に昇華します。彼が土を選ぶときその土は精神の表示であり、匠の技が冴える土台となります。

 
彼の器は品位とバランスを持って確かな用の美を感じさせます。 彼の器は花や実などの身近な形を写し出します。彼の作品は近付き易く、使いやすい、それでいて、決して脆弱でもなく、高踏的でもありません。強い意志に裏打ちされた粘り強さが氏の寡黙な発見過程の原動力となります。氏の器はよく出来ているが、型にはまっているわけではありません。椀は椀であり、二つと同じものはないのです。

 
 一緒にやった初期の窯出しで、皆が互いの作品を鑑賞しているときに、氏は自分の焼〆作品を全部順々に割っていました。彼の説明は短く、的確でした。「灰がとけて流れすぎている」 その後の論議は、意図する効果と望まざる結果についての 即席の講座となりました。燃料の灰が器にかかって溶けて自然釉となるのですが、多すぎると器の形の印象を散漫にします。実際、灰が多すぎると素晴らしい器でも損なわれてしまいます。氏の仕事を見て私は自分の仕事を違う目で見るようになったのです。
 

アンダーソンランチでの作品

 氏は自身が信じるものに対しては惜しみなく援助します。そのことで私は大いに恩恵を被っています。彼の資金援助で、アンダーソンランチでの客員アーティストのプロジェクトを続行できます。氏は陶芸の分野を超えて音楽、茶道、食べ物、ワインなど多くの世界で名声と尊敬を博しています。家族や友人に対する庇護はゆるぎのないものです。私の相談には氏はいつでも明快な意見をくれます。氏は私にとって焼物だけでなく、生き方そのものの師です。人生を楽しむなら、とことん楽しめ、と。

 
氏は現代の先達であり、また日本陶芸界の貴顕です。氏はあるとき自分は芸術家ではない、と言ったことがありましたが、彼こそが芸術家です。

 
これからの日々は彼が生涯標榜してきたものが彼を重要たらしめるでしょう。氏が作品に込めるものは後世に伝える遺産として何世紀も生き続けるでしょう。

 
ひとことで言えば、氏の啓示により私達は自分なりの最高に到達できるのです。

 
ありがとう、センセイ。

                                    20068

 

 ありがとう、ダグさん。お蔭で、私達、隆先生が海外でどんな活動をなさって、どんな評価を受けておられるか、よくわかりました。隆先生は自分のことをいろいろおっしゃらないし、特に自慢になるようなことは一切語られないので、海外には遊びに行っておられると思っているかたが多かったのです。素晴らしい方を身近に見られる幸せを皆様に分けて差し上げたくて、今月号に入れました。

 なお、特別図録『中里隆』は、1500円でお頒けすることが出来ます。メールでお問い合わせくださいませ。

 また来月、なんなりとがんばって書きますから、See you again!


今月もこのページにお越しくださって
ありがとうございました。
また来月もお待ちしています。


洋々閣 女将
   大河内はるみ


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