#68
平成17年11月


このページは、色々な方にご協力いただいて、
唐津のおみやげ話をお伝えするページです。
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    #1 御挨拶

しま工房 赤獅子絵馬


曳山狂(ヤマキチ)に問う



 オット、来ましたよ。「唐津くんち評論家」佐藤隆介先生の、唐津っ子にたたきつける果たし状が。
毎年、おくんちの前奏曲として佐賀新聞に書いてくださっていたシリーズ・エッセイも、今年で最後だそうです。
10月31日掲載の最終回を、お許しを得て下に転載させていただきます。
 


曳山狂(ヤマキチ)に問う
佐藤隆介

 

 東京は湯島天神下の交叉点近くに、知る人ぞ知る小さなバーがある。バーテンダーの名を渡辺昭男という。私にとっては四十年来のウイスキーとカクテルの師である。

 本で読むか人の話を聞くかして珍しい酒の名を知ると、私は迷わず湯島へ駆けつけた。ヘンリー・マッケンナを初めて飲んだのもここだったし、ボウモアというアイレイモルトを教わったのもここだった。

 久々にマティーニが飲みたくなって湯島へ行った。渡辺昭男のマティーニが私は東京で一番だと思っている。ここは年末年始の十日間とお盆前後の十日間以外は年中無休で、なぜ土曜・日曜・祭日もやっているかというと、「若いバーテンダーたちが来られるのは土日祭日だけですからね」

 つまり修行中の若者のためなのだ。そういう奇特な男である。商売そっちのけで次代のバーテンダーたちに勉強の場を与えている。唐津っ子の一典型がここにいる。

 渡辺昭男は昭和九年満州で生まれた。父は満鉄の駅長だった。戦後、一家は父の郷里である唐津へ引き揚げ、昭男は十八まで唐津で育った。高校を出るとその足で上京した。薬大へ進学することになっていた。

 「それがどうしてバーテンダーになったか。バイトしなきゃ食えないから、渋谷のトリスバーでアルバイトを始めたんですよ。仕事が終わるのは毎日朝の三時、四時。そのあと先輩に誘われて昼まで麻雀。で、結局、大学へ行かずアルバイトが本業になりました」
 と、ご当人は笑ったものだ。

 この夜、何を思ったか渡辺昭男はカウンターの蔭から分厚いスクラップブックを何冊も取り出し、私の前にひろげた。まだ開店直後の早い時間で、他に客がいなかったからだろう。たまたま話題が唐津くんちのことになったときだった。

 「今年もおくんち行くんでしょうね」

 「もう二十年続いているしがらみですから」

 「二十年唐津くんち皆勤ですか」

 「一回だけ、どうしても行けなかった」

 「うらやましいなあ…」

 「渡辺さんは年中無休をモットーにしているから、おくんちへ行けないわけか」

 「この四十年間に、さる高名な俳優ご夫婦を案内して一回、どうしても子供たちに見せたいと一回、突然矢も盾もたまらなくなって私一人で一回。その三回だけです」

 そういう会話のあとでスクラップブックが出てきたのだ。それを見て私は胸を衝かれ、しばらく絶句した。膨大なスクラップはすべて唐津にまつわる新聞雑誌の記事だった。おくんちだけではなく、「唐津」に少しでもかかわりのあることがそこに網羅されていた。

 「一体、何のために、これを……」

 「唐津がどんなにすばらしい城下町か、それを一人でも多くの人たちに知ってもらいたくてねぇ」

 渡辺昭男は曳山(ヤマ)を引いたことがない。紺屋町で育ったからである。紺屋町の黒獅子は、ご承知の通り、明治二十二年のおくんちを最後に消滅している。だからこの唐津っ子を曳山狂(ヤマキチ)とはいえない。それでもなお私は「これほどのヤマキチはいない」といいたい。

 実際に曳山を引いたことのある人間だけがヤマキチなのではない、と私は思っている。何より大事なのは唐津を愛し、唐津に絶対の誇りを持ち、その唐津の素晴らしさを相手構わずにいわずにはいられない……そういう唐津っ子ならではの心意気だ。

 唐津くんちは唐津を象徴する一大行事である。何しろ国の重要無形文化財だ。その価値については私も(外様ながら)たいていの人よりよく知っているつもりだ。その私からヤマキチに敢て尋きたい。「唐津の明日のためにどんな努力をしていますか」

 

        
 
いかがでしたか。ドキッとしますよね。唐津っ子としては。今年も先生はくんちにお見えになります。左の絵のような、高倉健似(!)のしぶいおじ様が上等の雪駄を履いて、大島か結城の生地の作務衣を着て、町を千鳥足で歩いているのを見かけたら、呼び止めて、胸をはってお答えくださいよ、唐津っ子さんたち。「オレは唐津の明日のために****をしているぞ〜」と!

 では、また、来月お目にかかります。ありがとうございました。


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ありがとうございました。
また来月もお待ちしています。


洋々閣 女将
   大河内はるみ


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