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#64
平成17年7月 |
このページは、色々な方にご協力いただいて、
唐津のおみやげ話をお伝えするページです。
バックナンバーもご覧頂ければ幸いです。
#1 御挨拶 |
私の好きな木彫りの馬 |
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暑くなってまいりましたね。野山にはムッとするほどの草いきれ。濃い緑が唐津の郊外の里山を埋め尽くします。
あれ、あれ、こんなに早朝からトラック一杯の草を刈るおじさんの姿が・・・。
おじさん、そんなに草を刈って、どうなさるの?
これかい? ポニーの朝飯だよ。大良(だいら)小学校の子供達が、待っているのだよ。
ああ、この方が有名な吉田まこと先生なのね。
日焼けした顔に笑みがほころぶ、いいおじさん.
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吉田孚(まこと)先生 |
そういうわけで、今月は、吉田孚(まこと)先生に語っていただきます。
吉田先生は1942年生まれ。佐賀大学卒業後先生になって、唐津市と東松浦郡で教壇に。1994年に唐津市の西南部の大良(だいら)というところの小学校に赴任して、心の教育を模索するうちに、馬がかしこい動物でこどもたちの命の教育には最適だと信じるにいたり、学校や父兄を説得して奔走、ポニーを買い入れました。ポニーの飼育のために毎朝草刈をしてから通勤、子供達を指導して奮闘、父兄や地域の住民のみなさんの暖かい協力で馬小屋や馬場などもできました。その間初代のポニーが死んだときのこどもたちによるお葬式などは新聞に大きく取り上げられ、命をはぐくむことの大切さを強く社会に訴える力がありました。退職後も引き続きポニーの飼育にあたり、動物による情操教育を実践中です。よその学校のこどもたちも大良小学校を訪れてポニーに乗せてもらいます。
現在は毎週日曜日に松浦川の河畔でもポニースクールを開校、沢山の市民が子供達を連れてポニーに会いに来ます。私も乗りたいけど、重くてポニーがかわいそうなので、見るだけ。
それでは、あなたさまも吉田先生の文章を読みながら、ポニーに乗ったつもりで、ポクポクと松浦川のほとりを散歩なさってください。
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馬が教える命の尊さ
元唐津市立大良小学校教諭
吉田 孚 |
西日本新聞2005年5月19日掲載
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青少年の凶悪事件が起こるたびに「心の教育」の大切さが強調される。心の教育で一番大切なことは、原体験を通して生まれる「たくましい心」ではないか。たくましさとは荒々しさではない。「優しさ」や「賢さ」に裏打ちされた「力強さ」だ。今の子どもたちには自分たちよりずっと大きな馬を乗りこなすだけのパワーが必要ではないだろうか。
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暑さで動かないジョンを押す |
唐津市の大良小中学校は十一年前からポニー(子馬)を学校で飼育する試みを行ってきた。六年間取り組んできた子どもたち十一人(男四人、女七人)が今春、中学校に巣立った。彼等は入学したときから学校にポニーがいて、餌やり、水やり、フン掃除、ブラッシングの世話を交代でやってきた。さらに生活科や総合学習の時間を生かして引き馬、並足、はや足、かけ足、馬上演技などの技を身につけてきた。卒業のときには全員が騎乗して馬場内を全力疾走、雑木林の学校林内を悠々と散歩する力を身につけた。
六年間の間に、最初のポニーの「マッドレー」が老衰で死んだり、「ジャック」が不慮の骨折で安楽死の道を選んだりと、悲しい出来事もあった。一方、昨年六月には念願の「クロ」が出産し、子どもたちは大喜びで「チャロ」と名づけた。うれしく楽しい経験もいっぱいした。このような教育活動を行ってきた子どもたちが、心の変化や乗馬の技を身につけていく成長ぶりを作文として残してくれた。
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茶々は黙々と歩き続ける |
Y君 僕がポニースクールで学んだことは、動物嫌いが好きになり、挑戦すれば実力がどんどん伸びていくことです。ポニーは大事な友達の一員です。
N君 ポニーは僕を強くしてくれ、命の尊さも教えてくれました。僕にとってかけがえのないものだとしみじみ思います。
Sさん 私はポニーに乗ることで少しずつ強くなり、思いやりのあるやさしい人になってきました。今では私の心を変えてくれた大好きなポニーです。私はポニーから勇気づけられました。
Mさん 初めはポニーのそばに近よることもできなかった私が、今で
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初代のマッドレーを記念して |
は一人乗りで、かけることもできるようになりました。悲しい別れも経験したけど、私たちに命の尊さと強さを教えてくれました。
モルモットやウサギなど小動物も子どもたちの情操教育に役立つ。一方、大型動物の馬に「乗れる」という魅力を生かして「勇気のある子ども」や「たくましい子ども」を育てることができるということも分かってきた。
学校や地域でポニーを飼育し、教育に生かすことは困難を伴うが、最近の青少年の殺傷事件の問題の大きさからすれば、実現不可能なことではないと思う。東京大学副学長(獣医学科)の林良博教授が業界誌『ハミ』の中で、「今、馬を必要としているのは、小中学校ではないか」と主張し、小中学校で馬を飼うことを推奨している意味はここにあると思う。
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いかがでしたか。お近くのかたで、お子様やお孫さんのお守をなさるときには、どうぞポニーに会いに連れていらしてください。ポニーと吉田先生が待っていてくださいますよ。
ず〜っと昔、学生時代に好きだったノーベル賞作家のスペインの詩人、ファン・ラモン・ヒメネスの詩『プラテーロとわたし』を思い出します。プラテーロはロバであって、ポニーとは種類がちがいますが、プラテーロを愛する詩人の心は吉田先生といっしょだと思うのです。
では、『プラテーロとわたし』の一部をおたのしみください。
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プラテーロとわたし J・R・ヒメネス 伊藤武好/百合子 訳 理論社(フォア文庫)
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プラテーロは、 小さくて、ふんわりとした綿毛のロバ。 あまりふんわりしているので、 そのからだは、まるで綿ばかりでできていて、 骨なんかないみたいだ。 けれど、その瞳のきらめきは、 かたい黒水晶のカブト虫のよう。 手綱を放してやると、プラテーロは、草原にでかけ、 バラ色やそら色やこがね色の小さな花々に、 そのはなづらをよせては、そっと愛撫する・・・ 私がやさしく、「プラテーロ」と呼ぶと、 笑いころげるような軽やかなあしどりで、 なんとなく牧歌的な鈴の音にも似たあしおとをひびかせながら、 かけよってくる。 彼は、私があたえるものなら、なんでも食べる。 とりわけ、ミカン、こはく色のブドウ、 透明な蜜がしたたるほどに紫がかったイチジクなどがすきだ。 彼は、まるで男の子か女の子のように、 愛らしく甘ったれだけれど、 芯は石のように強くて固い。 私が、日曜日ごとに、
町はずれの小径をプラテーロに乗っていくと、 こざっぱりとした身なりで、のんびりとやってくる村びとたちは、 立ちどまってロバを眺めながらいう。 ──はがねのようだね・・・ そう、はがね。 はがねづくりのようなプラテーロは、
お月さまの銀の色をしている。
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シロと厩舎に帰る先生 |
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今月もこのページにお越しくださって
ありがとうございました。
また来月もお待ちしています。 |
洋々閣 女将
大河内はるみ
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