#52
平成16年7月


このページは、色々な方にご協力いただいて、
唐津のおみやげ話をお伝えするページです。
バックナンバーもご覧頂ければ幸いです。


#1 御挨拶




箒の使用法 絵:H.T様



暑い中をいかがおすごしでしょうか。
先月号のこのページで宣伝いたしました私の骨折につきましては、
たくさんのお見舞いのメールをいただき、
また、花、お菓子、本やお寿司の差し入れ、
今度来るとき唐津バーガーを買ってきてあげるという口約束など、
いろいろと、ありがとうございました。
H.Tさんよりいただいた珍しい見舞い品は、魔女用の箒です。
またがって飛ぶように、とのこと。(右上の絵参照)
これは松葉杖よりラクチン。 ババー ポッターだわ。


わたくし現在、ギブスは外れましたが、PTBという装具を取り付け、
老骨にムチ打たれつつ、リハビリを特訓されておりまして、まだ退院していませんので、
今月号もむだ話をさせていただきます。
お読みとばしくださいませ。
一番下にすてきなお土産をつけております。




ブラッド・ピットの、来なかった宿


 世の中には時効というものがございますそうで、おしゃべりな私が言いたくてうずうずするのを永らく口をチャックしてきましたことを、そろそろお話しようかと思います。どうぞ、まじめに読まないでください。

 10年ほど前です。映画会社・ヘラルドの日本の配給会社から電話がございました。大事な予約だとおっしゃるので、私が直接お話を伺いました。日にちや、人数、料金の話を詰めまして、ご予約は成立ですが、
 「この予約は極秘にしてください」
と声をひそめておっしゃる。
 「ハア、さようでございますか」
と、私は答えました。
 「泊まる人の名前も言えません」
 「エ? お名前お聞きできないんですか?」
 「もう少し近くなったら発表します」
 「ハッピョウ......ですか?」
 「いけませんか?」
 「いいえ、結構です。近くなったら、お名前発表してくださいませ」
というわけでした。

 予約の10日くらい前にお電話があり、ますますヒソヒソと、お泊まりになるかたの名前を発表されました。
 「実はですね、絶対に洩らされたらこまりますが、ジャン・ジャック・アノー監督とですね、ブラ....です」
 「ハ?アノー監督様と、あとのお名前はなんとおっしゃいました?聞き取れませんでした」
 「あのですね、絶対内緒ですよ、ブラッド・ピットです」 
 そこで私は平然と
 「はあはあ、ブラッド・ピット様ですね。うけたまわりました」と答えました。
 先方は、しばらく黙っておられました。私の平然たる態度に驚かれたか、がっかりされたかだったのでしょうね、今思えば。
 
 私は予約帳にお二人の名前とおつきの方の人数などを書いて極秘と印をつけました。そのあと、独り言を言いました。 「ブラッド・ピットとかいう人、誰だろ。極秘だというからには、結構有名な人かもね」
 「きゃ〜〜〜〜〜っ」と、そばにいた若いのが叫びました。
 「ブラピー〜!」
 
Brad Pittのポスターをもらった!
誰にもあげないよ。


 驚いたのはこのわたくし。
 「エッ?有名な人? ハンサム?人気あるの?どんな映画に出たの?」
 それから、ブラピも知らない非常識なオカミを教育しようと、彼女は大わらわ。
 シマッタ、こんな調子で極秘が守れるかな...?と、少々不安になって、
 「頼むからね、絶対内緒よ!!」。

 とりあえず、ビデオショップへいって、会員になって、ブラピのビデオをその日のありったけ借りて来ました。ちょっと恥ずかしかったけどね。「孫が借りて来いというもんで」なんて言い訳して。ちなみに、孫はまだおりません。
 2〜3日で、たしか7本、見たのはよかったけど、話がごちゃまぜになりました。『The Legend of なんとか』と『The River Runs なんとか』が話が混ざってインプットされたし、『カリフォルニア』と『セブン』では、刑事と犯人がまじってわけがわからん。あとのも、ゴチャゴチャ。それでもかなりのブラピ通になりました。素敵ね、男の色気だね、とくに悪役がすさまじく似合うね・・・。

 アノー監督についても勉強しなくちゃ、と、『ラマン』、『薔薇の名前』、『The Bear』を研究。この三つはさすがにカテゴリーがコロッとちがうせいか、話は混ざりませんね。修道院に熊と愛人が現れたりしなくてよかった。

 予約の一週間くらい前から、ブラピ様はテレビのニュースを賑わせ始めました。私は自室にたてこもり、ワイドショーにくぎずけ。空港に着いた、インタービューにこたえた、ヤレお寿司を食べた、と大変な報道!
 「キャー、ブラピー、すてき〜!」などと、叫びそうになるのをこらえて、仕事熱心にお客様の情報収集。

 ところが、です。 悲劇はご予約の3日前に起こりました。京都からあとの予定をキャンセルして、ブラピ様はアメリカに帰ってしまわれたのです。
 ヘラルド社様は、今度は大きな声で、
 「アラー、済みませんねえ。ブラッドリーは帰国しましたので、うかがいません。アノー監督は行きますよ、オホホ」。 
 私は落胆をかくして、
 「ハアハア、さようでございますか。お待ちしておりますですよ」。

 さて、アノー監督ご予約の当日です。朝から電話はなりっぱなし。
 「ブラピが泊まっているでしょ?」「帰国したっていうのは嘘で、本当は唐津にいるんでしょ?」
 「いいえ、そういうお方はお泊まりではございません」
といくら言っても信じない。言えば言うほど電話の向こうでヒソヒソと
 「あんまり否定するからやっぱりあやしい」
なんて話している。駐車場には朝から不審な赤いミラがずっととまっていて、お昼になったらパンを買いに行ってまた戻って玄関を見張っている。私が近ずいてわざと「どなたかお待ちですか?」と聞いても、 「チヨット...」なんて濁す。念のために裏門の駐車場に回って見たら、なんとここにも白いアルト。
 結局夕方まで電話と張り込みは続いて、暗くなったらやっとあきらめたようでした。ご苦労さん!

 アノー監督は遅く着かれて、すんなりとご入場。銀色のカーリーヘアーにニコニコ顔。とてもきさくで楽しいお人柄でした。ずっと以前に黒澤明監督がお泊りになったときには、大変に無口でいらして、まだ新米オカミだった私は緊張して怖かったのを思い出して、対照的でした。アノー監督は「こんな宿が日本の思い出に残るよ」と言ってくださって、感激でした。世界的なかたというのは、いろんな意味で魅力的ですね。夜がふけるまで、日本の文化のことなどお話になりました。ブラピ騒動のお話をすると大笑いなさって、この次は連れてきますよ、と。焼き物にはとても興味があられて、唐津焼のように素朴な土ものがお好きだそうです。翌日は隆太窯にご案内して、粉引きの鉢にご自分の似顔絵を描かれました。今その鉢は洋々閣のギャラリーにあります。
 負け惜しみでいうのではないけれど、ブラピ様でなく、アノー様がいらしてくださって、本当によかった。
アノー監督の自画像(唐津焼)

 以来、洋々閣は唐津の若い人の間では、「ブラピの来なかった宿」として知られるようになりました。
 ブラピ熱がさめてすっかりジャン・ジャック・アノー監督のファンになった私は、そのあとすぐ、博多まで『セブン イヤーズ イン チベット』を観に行って、いまではちょっとしたアノー通です。私の気持ちの中では「ブラピの来なかった宿」は、「でも、アノー監督はちゃんと来た宿」と、続くのです。
 若者たちはくやしまぎれに、「レオ様のほうがいい」ですって。ライオンキングの話かと思ったらナントカプリオっていうんですって。そんな人、わたしゃ知りませんねえ。
 
 以上が、ブラピ騒動の顛末です。おそまつさまでした。


 ではせっかくこのページを訪問してくださいましたかたにお口直しに、私が尊敬する歌人・藤井常世さんの歌集『文月』より10首ほどご紹介してお土産といたします。
                         
  


  藤井常世歌集 『文月』より


  こんこんと眠れるものをよびかへすなかれ 文月 雨の深闇
  いにしへのをみなしきぶが語るらく 蛍見にこよわれはもゆかむ
  ひとつ開きひとつ開きてもさびしきか、あをき夜空にからす瓜の花
  身はらんるこころうらうら繭ごもる少女となりて眠らむしばし
  満月は空の高処にひとりあり一人あることかがやくごとし
  父はまだ生きていますやわが耳は低きしはぶき確かに聞きし
  梔子の花のをはりに降る雨を哀しめば地の息たちのぼる
  さやかなる水を湛ふる胸のうつはすこし傾けて恋ふるこころぞ
  ゆふぐれのかなかな鳴けりかたへにて去年はこの声聞きし母あり
  薄色のあさがほひらくかの地よりたよりあるかと思ふしづけさ

 
       歌集『文月』  2004年5月15日発行 柊書房 ISBN4-89975-086-2


   暑さにまけずにどうぞお元気で。
  
        


今月もこのページにお越しくださって
ありがとうございました。
また来月もお待ちしています。


洋々閣 女将
   大河内はるみ


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