七番 新町 飛龍
大浦魚雲龍 画


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#1 御挨拶



#44
平成15年11月





またまた唐津くんち雑記帳

おんなのくんち―




ハ〜イ、皆様。11月ですね。唐津くんちですね。
私もまたまたハイテンション(にならざるをえない)ですよ〜。
恒例の”唐津くんち評論家”佐藤隆介先生のエッセイが今年もまた佐賀新聞(10月30日)に載りましたので、ここに丸写しで〜す。


   謝辞 ―  くんちの唐津女に捧ぐ。
                                       佐藤 驩

 唐津くんち。恐らく日本広しといえども他に類のない、世にも不思議なお祭りである。たとえ他国者であろうと、その家のだれかの知人の友だちというだけで、「さ、上がれ。さ、飲め。さ、食べろ」。
 遠慮なく座敷へ上がり込むと…そこに並んでいるご馳走が半端ではない。もう二十年も唐津くんち通いをしているが、毎年、行くたびに「わァーッ」と思わず嘆声を発してしまう。

 さすが唐津くんちの「三月倒れ」なり、とそのたびに思いつつ、遠慮なしにご馳走の数々を頂戴し、酒もしこたま飲ませてもらい、すっかりご機嫌になって、「ではまた、来年も押しかけて来ますからね…」
 去年まで、ずっとそうだった。盛大に飲み且つ啖うだけで何も考えなかった。去年、おくんちから帰って忘れないうちに…と、最後に上がり込んだ家のご馳走の一品一品を書き出してみた。
 ひらめの造り。〆さば。こはだ酢じめ。さえずりのゆでもの。ツガニ塩ゆで。牛刺し、馬刺し、牛たたき。海老のチリソース。肉じゃが。オイルサーディン。小鯵のマリネ。トリ唐揚げ。とりささみと白髪ねぎの春巻。ハンバーグのケチャップ和え。エリンギ・胡瓜・マロニーの胡麻ドレッシング和え。赤かぶ酢漬。煮豆。栗おこわ。うにめしのおにぎり。寿司。鱧すり身の吸い物。フルーツポンチ。
 よくもまァこんなに色々…と、書き並べているうちに涙が出そうになった。
これだけのご馳走を調える女たちの苦心と苦労に初めて思い至ったからである。
(ご馳走さまでした。どれもこれも実に美味しかった。本当にありがとう…)
江川町 米田薬品商会くんち 米田由美子さん

と、私は改めて遥かなる唐津に向かって最敬礼をした。それから思い立って、毎年押しかける別の一軒のお内儀さんに一筆し、「くんちの口福をになう女房の働きに対して亭主はどのように感謝の意を表しているのか」と尋いた。便箋数枚の長文の手紙が来た。
 その返事の大意を記せば左記の如し。
――唐津の女は毎年、大変です。おくんちが近づくと、女たちの話題は「今年のメニュー決まった……?」もうこればっかりです。
 なんせ銀行さんが「あそこは今年はくんちどころじゃないだろう」と、こっそりおっしゃっても、絶対になしでは通らない唐津のおくんち料理。見栄とはったりで断じてやめるわけにはいかないのが土地柄なのです。
 たとえ、奥さんのお腹が大きかろうが、けがをしていようが、おくんちともなれば大はしゃぎで女たちを働かせるのが唐津の男たちです。それというのもおくんちの正装(ハッピ、ニクジュバン)をすれば男はスターだからです。雲の上の大スターです。
 唐津では、ヤマのある町内の男たちは、一年中おくんちにかこつけて集まり、酒を飲み、その間、女たちは黙って家で待っています。でも唐津ではこんなこと当たり前すぎて、だれも不思議に思いもしない……。
 おくんち当日は、女たちは一度もヤマを見ることもできないまま黙々と料理を調え、来てくださるお客
篠崎とも子さん 呉服町 篠崎紙文具店くんち
さまをもてなします。そして祭りが終わると、男たちは「仕舞祝い」と称して大威張りで旅行に出かけます。
 女たちが仕舞祝いで旅行に行ったという話は、もしかしたらどこかの町内にはあるかもしれませんが、私は聞いたことがありません。「やあ、今年もまたご苦労だったな」と、女房に優しいねぎらいの言葉をかけるヤマキチ亭主がいるとは思えません。
 そうはいっても、私にとっては、おくんちにたくさんのお客さまがいらしてくださるのは喜びでもあります。亭主が立派な男として認められているという気がするからです。それに、うちの場合は、亭主が随分一所懸命に協力してくれるからです。(うちの亭主だけは例外!と思っています)。
 来てくださるお客さまの一言も大きな励みです。「あんたんとこの吸い物、いつも楽しみばい」といわれると、ついつい、また来年も頑張るゾと思ってしまうのです―。
 何十回も全文暗記するほど手紙を読み返した。読むたびに胸の底がジーンと熱くなった。日本では古来、祭りというものは男たちのものとされ、女たちは決して表へ出て来ない。それはそれでいい、と私は思っている。女が土俵に上がったり神輿をかついだりすることを私は好まない。男は男、女は女だ。
 しかし、表向きどんなに突っ張っていても構わないから、自分が男であることを蔭で支えていてくれる女房に対して、こっそり最大級の感謝の意を表してこそ本物の男である。女房にありがとうをいえない男は男とはいえない。




 佐藤先生、ありがとうございました。えらいやさしいこと書いてくださいましたこと。そういえば、もう亡くなったうなぎやのお梅おばさんが、よく、「唐津くんちは女にゃ地獄ですたい」とおっしゃっていたことを思い出しました。お梅さんの頃と時代は変わって来たとは言え、くんちのときばかりはまだ男の天下ですね。 ふだんはしょぼくれたショーモナイおっさんが、この時ばかりは粋でイナセでセクシーで、キラキラ輝くのですから。

 さて、せっかく佐藤先生が唐津くんちの女にエールを送ってくださいましたので、私もここに唐津くんち狂の女性を一人ご紹介します。
 


 鶴田信子、通称のんこ。
ヤマキチのんこ

のんこの息子David
 のんこは昭和21年10月26日、唐津市新町に生まれた。母ヨシエは美容院「鶴亀」を営む腕利きの髪結い。母が惚れぬいた父兼敏は、「よか男」で、いわゆる髪結いの亭主。ヤマキチの父の叩く太鼓のヤマ囃子を子守唄にのんこは育つ。当然、ヤマのことになると頭に血が上る男まさり。姉のかよこ、弟粒一とともにヤマにあけくれて成人した。「鶴田家では一年中がくんちだったとよ」。
 
 1967年、20歳でアメリカ人と結婚、カリフォルニアに渡り、まさに唐津くんちの日、11月3日に息子のDavidを産んだが、毎年くんちのころになると帰りたくてたまらなくなり、疾走する大型トラックがヤマに見えたりした。夫にけんかをふっかけては里帰りしたが、それも限界で、1973年に離婚して息子をつれて帰国。以後、ヤマのないところへは行く気がしない。スナックをやったり、仲居勤めをしたりしてDavidを育て、お金がないときもくんちに料理をしてヤマヒキさんたちに振舞うのがなによりの楽しみ。

 「ヤマはご先祖さんからの贈り物。大事な大事な宝もの。ヤマを大切にすることはご先祖さんを大切にすること。ヤマを傷つけるのは、自分を傷つけるのと同じ。曳き子がうれしいと、ヤマもうれしそうに走る。曳き子が悲しいとヤマはうなだれる」。
 のんこは新町通りをヤマが巡行するときには必ず表に出て、パンチの効いたハスキーボイスで曳き子たちにカツを入れる。「オラオラオラ、しっかり曳け〜、たるむな〜」。 その迫力はまわりの観衆の度肝を抜くほど。
 
 「ヤマは一年中手がかかる。磨き込み、世話をして、いとしむ人だけがヤマを曳く資格がある。そのと
のんこの父・兼敏のくんち姿
きだけ来て曳かせてくれというのはダメ」と、のんこは力説する。
 たとえば、囃子の節回しや、リズム。のんこの父は太鼓の名手で、独特の新町のリズムは父の考案になるもの。そういうものはちゃんと練習した人でないと受け継げない。 
 
 今年(平成15年)9月17日にその父が他界した。采配の文字を書いたり、ヤマの手入れの指導をしたり、文字通り「ヤマキチ」の82年の生涯だった。
 新町のヤマは飛龍。龍は雨を呼ぶ神獣。父の葬儀の日、曳き山囃子で送られるとき雨が降り始め、火葬の途中で雷鳴がとどろいた。
 「あのひとは世界一の仕合せもの。クンチクンチで一生を過ごした。おまけに飛龍に乗って天に登って行ったとよ」。
 父を語るのんこの目に涙がにじんだ。

 くんちの曳き山巡行のとき、道筋のくんちに関わった人の喪の家の前
居酒屋のんママのんこ
には遺影がかざられる。ヤマはその前で向きを変えて拝礼し、ひとしきり囃子が奏される。同じ町内の曳き子たちは号泣し、ヤマもうなだれて泣くという。
 今年のくんちには鶴田家にも各ヤマが拝礼にたちどまる。のんこは涙とともに父のリズムの太鼓を聞くだろう。
 
 「わたしのくんちはヤマと振舞いだけじゃなか。一年に一度しか会えん人に会う、それがのんこくんち。 唐津くんちは、女の地獄、そう思う人の気持もよ〜ぅわかるばってん、唐津くんちは極楽だという女もおるとよ」。
 のんこはガラガラと雷のような声で笑うのだった。


 のんこは、現在唐津市役所横の通称中野レストランと呼ばれる雑居ビルの1階奥で、「居酒屋のん」をやっています。唐津女の心意気を見たいかたは、いっぱい飲みにおよりください。ツケはダメですよ。

 では最後に特別な写真を一枚。 洋々閣のくんち座敷で太鼓を叩くのんこと、となりでクダをまく佐藤隆介先生。ずいぶん前のツーショットです。

 
 有難うございました。 また来月、このページにお越し下さい。 


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洋々閣 女将
   大河内はるみ


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