#13  平成13年 4月  


さくら貝の歌----失われ行く自然


 洋々閣の庭から裏門をでて北に50メートルほどとろとろと下れば、ニ筋の細い路地を隔てて、東の浜が広がっています。この浜を東へ少し歩くと虹の松原です。ここは私の大切な散歩コース。唐津は美しいと、いつも感じます。夕焼けのときなど、涙がでるほどうつくしいのです。

 ところが、ここ数年は、心静かにこの砂道を歩くことが出来なくなりました。浜がへんなのです。どうもおかしい。これは、困ったことになっているのではないのかしら?

 唐津にはいくつかの遠浅の素晴らしい浜がありました。東から順に、東の浜、西の浜、ニタ子(ふたご)の浜、佐志(さし)浜、幸多里(こうたり)の浜、相賀(おうか)の浜。

 私はニタ子の浜の波打ち際が縁側から見える家で育ちました。その浜は、もうありません。埋め立てられました。高校は、西の浜が目の下に見えるところでした。この浜も一度死にました。ニタ子の浜の埋め立てと無関係とは思われない無残なくずれかたで砂がなくなり、長い間コンクリートになっていましたが、やっと一昨年、何億円かかけて養浜事業が行われ、人工海浜として再生しました。佐志浜も埋め立てが途中まで進んで、死にました。工事の停止を求める市民グループと事業主体の行政が裁判をしました。西の方の幸多里と相賀は、さいわいに無事のようですが、遅かれ早かれ汚染は進んで来ますでしょうね。

 さて、私が今そばに住んでいる東の浜ですが、戦後2〜3度の開発を受けて、砂浜が狭まりました。道路ができて、砂浜は半分になってしまったのです。それはそれで、必要なことだったのでしょう。しかたのないことです。ところが、この1〜2年、急にこの浜がますます狭くなってきたような気がします。道路から波打ち際までの距離がかなり短くなり、傾斜がきつくなりました。昨秋の小さな台風の時には、道路が波をかぶったほどです。こわい、と思います。高波が来たらどうなるんでしょうか。

 それから、もう一つ。十年ほど前から、貝殻が汚くなって来ている事に気付いていました。よごれている、という意味だけでなく、きれいな貝より、色の濃い、ゴツゴツしたような貝殻が多くなっていたのです。一番好きなさくら貝は、みつけるのが難しくなってきています。以前は、ここそこと次々にひろっていたのに、今日は30分さがして、やっと2枚でした。

 ずいぶん前のことですが、歌人の斎藤史(さいとうふみ)先生がお弟子さんたちとご一緒におとまりくださいましたことがありました。このご高齢ながら世にも気高い歌人は、長野県にお住まいですから海がお珍しいらしく、暗くなってからお着きになったのに、どうしても浜へ出たいとおっしゃって、私は暮れなずむ梅雨空の浜辺を足許を懐中電灯で照らしてご案内しながら、さくら貝を探しまわったのです。その頃は小さい光の輪の中にもさくら貝は次々に見つかりました。斎藤先生は、今でもお年賀状にあのときのさくら貝のことを書いてくださいます。
私はさくら貝を見ると斎藤史先生を思い、どうぞいついつまでもお元気でと祈ります。

 そのさくら貝が、日本全国で失われつつあるのだそうです。
下に引用しましたのは、環境問題などの通訳として世界的に活躍しておられる枝廣淳子さんのニュースレターの昨年8・16#244号の中から、さくら貝の絶滅の危機について書いておられる部分です。


  桜貝が絶滅の危機に瀕していることをご存知でしたか?                

サクラ貝:ニッコウガイ科の二枚貝。北海道南部から九州、さらに朝鮮半島や中国にかけて、水深20mほどの細砂底に生息する。近年の海岸の環境汚染で絶滅の危機に瀕している。

小貝の産地として、能登の増穂浦、鎌倉の由比ガ浜、紀伊の和歌浦が、日本三名所だそうですが、現在では、能登の増穂浦が桜貝の産地としては随一、とお土産コーナーに書いてあります。

いま、夏休みの能登半島一周旅行中。増穂浦で山ほど小さな貝殻を拾ってきたところです。静かな入り江の白い砂浜の波打ち際に、小さな貝殻の帯がどこまでも続いています。

しゃがんでよーく見てみると、桜貝、キサゴ、ツメタガイ、ウノアシ、トマヤガイ、その他名前も知らない小さな貝殻がたくさん重なり合っていて、その昔「貝殻大好き少女」だったわたしは、海水浴そっちのけで、近くのスーパーで仕入れたタッパーに、あれも、これも、と熱中して貝拾い(^^;)。
小貝で有名、というだけあって、本当に小さいんですよ。大き目のツメタガイ(これは二枚貝に穴を開けて食べちゃうカタツムリみたいな巻貝です。よく貝殻に丸い穴があいているのは、コイツの仕業です。でもその穴に糸を通すと、貝殻のネックレスができます)は1〜2cmのものもありますが、あとはmmで表示するようなちっちゃな貝たちです。

大きさは8mmでも5mmでも3mmでも、どの貝も完全な完結した姿をしているのに感動してしまいます。誰かが「貝殻はコスモス(宇宙)だ」と言ったのを読んだことがありますが、本当にそんな感じです。
ここ増穂浦には、厳寒期になると、100メートルに及ぶピンクの帯が海岸線を彩ることもあるそうです。いつまでも小さな貝殻のたくさん打ち寄せる、とりわけ美しい華奢な桜貝もたくさんたどり着く浜であってほしいと、心から思います。

お土産コーナーには「平安朝より縁起のよい貝です。能登路より開運をどうぞ」と、小さなビンに詰めた桜貝が並んでいました。

     汐染める 増穂の小貝拾ふとて  色の浜とは いふにあるらん   (西行法師)



 

 かつては、ニタ子の浜にも、ピンクの帯がみられました。東の浜はずっと東、虹の松原の真中ほどまで行くと多分まだいくらかはあると思いますが、松浦川の河口に近いうちの裏あたりでは、もう絶滅しかかっているのではないでしょうか。アサリも、ハマグリも、赤貝も、今はあまりとれません。失われて行く自然を見つめながらさくら貝の歌をくちずさめば、悲しみが潮のように胸に満ちます。
有明海の海苔のことや、諫早湾の干拓のことなどを新聞で読んだあとの今日の散歩も、つらいものでした。 

 どうぞ、唐津市民の皆様、私達の町の最も大切な宝である海を、守ってください。一旅館の女将に過ぎない私に何の力もないことが残念です。

  洋々閣 女将
     大河内はるみ

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