北原白秋『地方民謡集』より 唐津松浦潟は風光明らかに、その秀麗は北九州の緑の虹である。虹の松原、松浦川、佐用姫の領巾振山、沖の島々、さては立神、七つ釜、呼子、太閤の名護屋城趾、万葉の歌枕のいにしへより近松あたり、今にもおいさの山囃子は音にも高い。 此等の新曲と小唄とはコロムビア ニ六一九七、作曲町田嘉章氏、振附、花柳寿徳氏、昭和五年五月の作である。
松浦潟 新曲 一 松浦潟、誰を待つ身か、忍ぶ身か、 何に領巾ふる、佐用姫か、 わたしゃチラリと一と目でも、 虹の松原、たよたよと、 エエコノ、わたした橋ぢゃえ。 ニ 舞鶴の、羽に身を借る、夏の空、 雲の浮岳、松浦川、 わたしゃチラリと一と目でも、 波の高島、末かけて、 エエコノ、涼しい晴ぢゃえ。 三 玄海の、島の烏帽子に、沖の島、 鯨潮ふく、小川島、 わたしゃチラリと一と目でも、 せめて姫島、小呂の島、 エエコノ、夜あけの霧ぢゃえ。 四 七ツ釜、岩は六角、玄武岩、 右は立神、潮の花、 わたしゃチラリと一と目でも、 股でのぞいてはらはらと、 エエコノ、呼子の沖 五 つはものの、夢も名護屋の、麦の秋、 帆かけた船か、遠凪か、 わたしゃチラリと一と目でも、 兎にも、松風、さわさわと、 エエコノ、鳴らした城ぢゃえ。
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唐津小唄 唐津松浦潟、さざ浪千鳥、ホノトネ、 ちりり鳴きます、日の暮は。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 博多出てから、小富士も晴れて、ホノトネ、 いつか箱島、虹の浜。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * さんさ三本松、小浜の磯よ、ホノトネ、 あれは境の包み石。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 咳の神様、七郎茶屋よ、ホノトネ、 刀あげませう、旗そへて。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 雲の浮岳、日の暮れ頃は、ホノトネ、 なにか心がたよたよと。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 春の白魚、玉島川よ、ホノトネ、 花の菜種の開く頃。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * お諏訪まゐりは、麦刈り前よ、ホノトネ、 赤い蹴出しもちらちらと。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 夏の夜明けに見せたいものは、ホノトネ、 虹の松原、虹の浜。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 虹の松原、雨ふり前は、ホノトネ、 虹も立ちましょ、後朝(きぬぎぬ)は。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 潮は満島、向へは唐津、ホノトネ、 かけて松浦、虹の橋。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 月の出しほに東を見れば、ホノトネ、 秋の細雲、鏡山。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 月の松浦川鏡の渡し、ホノトネ、 鏡落して誰が泣く。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 鏡山から出た月さへも、ホノトネ、 なにか泣きたい影がある。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 唐津海水浴、だんだら水着、ホノトネ、 浜は遠浅、西ひがし。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * すずしあの子が水着の夢を、ホノトネ、 なぜに鴎よ、食べないぞ。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 唐津、春山、秋なら沖よ、ホノトネ、 わしとおまへも風次第。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * いくら睨もと、太閤さまよ、ホノトネ、 わたしゃ小松の蝉ぢゃない。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 曾呂利新左が築いたる庭に、ほのとね、 そろり出て来た月ぢゃもの。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 文は近松、近松寺そだち、ホノトネ、 諸わけ物識り、松の風。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * さすが男よ、長兵衛は男、ホノトネ、 お国うまれの伊達男。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * お鼻高島、姫島にくや、ホノトネ、 どうせ手管にゃ加唐島。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * さかな鳥島、また加唐島、ホノトネ、 今日もひぼしか、烏帽子島。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 沖の灯台、烏帽子島よ、ホノトネ、 昼は霞にきえぎえと。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 西の唐津へ入り来る船は、ホノトネ、 佐志の燈が恋しかろ。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 鯛は玄海、鯛網ゃ湊、ホノトネ、 生きの勇みのさくら鯛。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 鯨潮ふく、舟子は勇む、ホノトネ、 冬は荒海、神集島。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 入野入日に、はるばる見れば、ホノトネ、 かはい殿御の船が行く。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 呼子綱引き、よいさよいさ五月、ホノトネ、 綱が火を吹きゃ、水かけろ。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 片手漕ぎ漕ぎ、日傘をさして、ホノトネ、 いつまた逢ふやら殿の浦。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 呼子殿の浦、チラチラあかり、ホノトネ、 わたしゃ片島、片たより。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 島のはなまで見送りませうか、ホノトネ、 早も立神、七ツ釜。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 芥屋の大門の潮鳴りよりも、ホノトネ、 七ツ鳴り添ふ、七ツ釜。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 舟は消えゆく、狭霧はこめる、ホノトネ、 あとは時雨の望夫石。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 恋し夫恋ひ、佐用姫さまよ、ホノトネ、 なんのわたしも望夫石。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 小十かはいや、切木(きりご)の小十、ホノトネ、 うちの唐津の冠者焼。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 釣の竿なら玉島様よ、ホノトネ、 利休竹なら広沢寺。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 萎れまいぞよ、局の蘇鉄、ホノトネ、 いつも心は広沢に。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 干せよ刈麦、名護屋の城の、ホノトネ、 跡のほろろん、鳩が啼く。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 牛は連れ啼く、子供はかへる、ホノトネ、 波戸の夕日に波が立つ。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 寝るがいやなら松原おこし、ホノトネ、 焼いてふるって、巻いてみな。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 肌はけいらん、にほひはおこし、ホノトネ、 宵は呼子の松浦漬。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 * 金の口したこのよな鮎が、ホノトネ、 かはい子鮎がどこにあろ。 「唐津、唐船、とんとの昔、 今はおいさの山ばやし。 チャントナ、チャントナ。」 以上、ご苦労様でした! |